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――夜の十一時。伸司は『ラフレシア』というバーを訪れていた。
「おや、お久しぶりでございます」
入店と同時に、ロマンスグレーのマスターが丁寧に頭を下げる。
「今日は空いてるね」
店には伸司以外に客はいなかった。
「あまり流行っていない店ですので」
マスターは冗談めかして言った。
ラフレシアは、朱ヶ崎の路地裏でひっそりと開かれているバーだ。知る人ぞ知る隠れた名店である……しかし、この店には更に裏の顔があった。
「ちょうどいいや。例の件について進捗を聞かせてくれ。あ、バーボンね。ロックで」
伸司はカウンター席に座りつつ言う。
「例の件……で、ございますね」
マスターは手際よく氷を用意し、グラスに酒を注いで伸司の前へ出す。
「申し訳ありません。あれから調査を続けておりますが、依然として『アリス』という少女の行方は掴めません」
「うーん……やっぱダメか」
ラフレシアのマスターは、腕利きの情報屋でもあった。ナイツとも懇意にしており、ひと月前の騒動の際、薔薇乃たちに鳥居伸司というフリーの探偵を紹介したのもこのマスターだったのだ。
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