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 新湊川が新湊川になる場所には、一本の橋が架かっている。さして長い訳でもなく、幅が広いわけでもないその橋は、菊水橋と名付けられた。海藤 傑(かいとう すぐる)自身はその由来について考えた事は1度もなかったが、隣を歩いている連れの男にふと問われて、はて、と頭を捻っていた。 「さあ、何でなんでしょう。楠木さんは知っとるんですか?」  男の名は楠木 弥治郎。背は低く、それにもまして猫のように曲がった背筋のせいでより低く見える。本人はイカしていると思っているが、かえって不快な心象を与えている八二分けの髪型が、彼の目印である。黒縁の大きな角めがねを、いつもカッターシャツの胸ポケットに引っ掛けていて、口元に含んだ歪んだ笑みは、知的な性格とは裏腹に、どこかインチキ臭い詐欺師のような雰囲気を醸し出していた。 「別に。ちょいとばかし気になって。いやね、ここを下っていくと熊野橋いう橋があるやないですか」 「ええ」 「あっこは東山町なんです。んで、その二つ手前に洗心橋いう橋がありますやろ?」 「ええ」 「あっこも東山町なんですよ」 「それは知っとりますよ」 「やったら、何でここは菊水橋いうんでしょう」 「普通に考えたら、町の名前から取ったんやないですか?さっき通ったんは菊水町やったですし」 すると、彼は気付いたようにあっと口を開いた。 「菊水町で思い出した。そう言えば2年ほど前に豪邸が火事で全焼しとりましたな。確か、ご夫妻は両名とも焼死したとか」 「そうでしたな。相当な豪邸やなあって新聞の写真見ながら思っとったのを覚えてます」 「新聞やと、使用人の青年と両夫妻のご息女は助かったようですが、この事、君はどない思います?」
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