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「ねえ、そういえば、瞳ちゃんって昔ここに来ていた私の従兄弟のことは覚えてるかい?」
そう訊ねられ、私は首を傾げた。曖昧な表情を浮かべると、「……うん、覚えてないんだね。云われなくても分かったよ」と安堵したような声が返ってくる。
「それっていつの話ですか?」
「君が小学校の低学年だった頃の話だけど、アイツも半年ぐらい通ってたはずなんだけどなあ」
「へえ……そうですか」
マコさんの従兄弟なら、素敵な人だったろうに。
同年代なら覚えておけば良かった!
落胆している私に、マコさんがせせら笑ったように言う。
「そうかそうか、従兄弟には君に忘れられていたと伝えておこう。才能はあったのに、途中で空手の稽古を投げ出した裏切り者だしな」
「ええ! そんな恥ずかしいことは云わないでください!」
「君は何も悪くないから大丈夫さ」
「そういう問題じゃないです!」
こちらの肩に手をおいたマコさんは、どこか嬉しそうにしている。美貌がキラキラしていて目に眩しいけれど、うろたえる私をよそにすり足を再開してしまった。
「ほら、午空さんもそろそろ始めなさい」
にこやかに声を掛けてきたのは、遠くからやり取りを見守っていた師範だ。
威圧をかけられ、文句を呑み込んだ私は返事をする。
「は、はい!」
「そこで転がっている奴等も、早く立ち上がれ!」
師範の厳しい叱咤に、畳みで座り込んでいた男の人たちが震えあがった。
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