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お腹の底から声を張り上げて、いっそ爽快になるくらいまで汗をかいた私は、髪の毛まで濡れるほどにびっしょりになった。
稽古が終わった後にタオルで拭いていると、黒髪を結び直したマコさんがニッコリ笑いかけてきた。
「瞳ちゃん、このまま一人で帰るつもり?」
「はい、自転車ですから」
私が首肯すると、彼女は見惚れてしまうような美貌でため息をついた。
色白の花のかんばせに眉をつり上げたマコさんは、腕組みをして平坦な声でこう言った。
「……送っていくよ」
「そんな、マコさんの家は私の家と反対方向じゃないですか」
「そー言う問題じゃない。瞳ちゃんは、自分が若い女人だという自覚を持っていないのかい?」
「ええー、信用がないって辛いです」
私が唇を尖らせると、師範が苦笑いをしながら告げる。
「瞳ちゃん、年長者の好意には甘えておきなさい。君のことが信用できない訳ではないけれど、みんな若い女の子が犯罪に巻き込まれないか心配なんだよ」
「……はい」
そこまで言われてしまうと、反論のしようがない。
へにょりと眉が下がった私に先だって、マコさんが出入り口の下駄箱に置いてあった自分のスニーカーに履き替えた。
大きなサイズのそれはまるで男の人が履くようなものだけど、汚らしい感じはまるでなくて清潔そのものだった。
「ほら、いくよ」
振り返ったマコさんの麗しさに、私は一瞬ぼうっとしてしまう。しばらく思考が止まった後、ぎこちなく再起動した私は慌ててその背中を追いかけた。
裸足から靴を履いて、自分の自転車に小さな鍵を挿すとカシャン、と乾いた音がした。細いタイヤがゆっくり動く。
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