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「やあ、午空さん」
放課後。
朗らかにこちらに声をかけてくる日向君に、私は露骨に嫌そうな顔を返した。
「僕、君に用事があるんだけど」
「私はありません!」
謝らなくてはならないと思っていたはずなのに、本人と対峙すると行方不明となってしまう。そもそも、今私に降りかかっている厄介ごとの震源地は日向君なのだから。
原因の分からぬイラつきを感じながらも、私は速足で廊下を歩いていく。それを追って、彼は鞄を持ちながらついてきた。
「まあまあ、そんなに急ぐことないじゃない」
ぐい、と後ろ手を引っ張られて私が留められる。息を呑んで振り返ると、涼しい顔で微笑する日向君が立っていた。
むすっとした表情を向けると、彼は悪びれずに言った。
「午空さん、良かったら僕とデートしない?」
「お断り――、」
「そうしてくれたら、君に殴られたことをあの道場の関係者に黙っててあげる」
……ぎくり。
反射的に身じろぎをしてしまったこちらの反応に、日向君は明朗快活に笑いかけてきた。
砂糖を入れ忘れた珈琲を一気に飲み干したような心境になった私のことなんかお構いなしに、彼は心の読めない態度を崩そうとしない。
「……何が目的なの。なんで私が空手の道場に通ってることを知って……」
「心外だなあ、これってすごくいい取引だと思うんだよ? ウィンウィンってやつ? ……もしも、あそこの厳しい師範が君がしでかしたことを知ったら、怒られるだけじゃ済まないよね?」
「……うぐ、」
弱みを握られた形になった私が声を詰まらせると、日向君が握手でも求める感じで手を差し出してきた。従うしかないけど、意味の分からない状況にしばらく眺めていると、唇をつり上げた彼はせかしてくる。
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