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お仏器に持った白米を仏壇に運ぶ。小皿には、お肉と野菜がのっている。少しだけ寂寥感を伴いながら、写真に映るボブヘアーの貴女へ手を合わせた。
「お母さん、夕ご飯だよ」
返事はない。
あったら怖いけど、さ。
それでも、たまには聞きたいなあ。
私の小さな頃に亡くなったお母さんの声は、ビデオにしか残ってやしないから。
ぼうっとしながら仏壇を眺めていた私に、食卓のお父さんが優しく声を掛ける。
「……瞳? 食べないのかい?」
「あ、ゴメン。今行く」
空手の道着を身に纏った私が箸をとると、ゆっくり食事をしていた父が喋った。
「そんなに急いで食べることはないんじゃないかい?」
「ダメだよ。早く道場に行かなくちゃ、マコさんと話せなくなっちゃうもん」
ご飯を口いっぱいに頬張った私に、父が複雑そうな顔になる。
「その、マコさんのことだけど。瞳……」
「なに?」
「いや、瞳はあの人のことをどうして気に入っているんだい?」
そう訊ねられて、私は両手を組んで目を輝かせた。
恐らく、今の私の背後には赤や白のバラが咲き乱れていると思う。
「だって、マコさんは私の理想の女性なんだもの! 綺麗で強くて、女の中の女って感じ! 本当に憧れちゃうっていうか……」
「理想の女性か、なるほどね」
くっくとお父さんが笑った。
その反応に、私がキョトンとしていると、
「そんな調子では、我が家から嫁に行く日も遠そうだなあ」と云われて驚く。
「……お嫁? なんでマコさんの話題でそうなるの?」
「……なんでもないよ」
父の眉がぴくぴく動く。
その不可解な態度に疑問を抱きながらも、私は白米を口の中へかき込んだ。
んん~、やっぱりホルモン炒めとご飯はよく合う! さいっこう!!
超高速で食事を終えると、用意してあったスポーツバッグを持って道場へ行く準備をする。急いでスニーカーを履くと、大きな声で叫んだ。
「いってきます!」
「あ、瞳! こんな時間にひとり歩きなんて、車で送ろうと思ったのに……」
「歩くんじゃないもん、自転車だもんね!」
父の制止を振り切って快活に笑うと、私は踵を返して家のドアを開けた。
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