その日は突然やって来た

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「お父さん。今日はお願いがあって……」 「そんなに改まってどうした?」 「恵美、俺から話すよ」  雅彦は一歩前に立ち、深々と頭を下げてから話し始める。 「この前、海外の出張から帰ったばかりで恐縮なのですが……北海道へ出張になりました。まあ今回は日本だし、一ヵ月だけなのですが……」 「ほう。だがそれくらいなら、そんなに畏まらなくてもいいだろ?」  すると恵美が会話の途中で割り込み、無理やり雅彦の言葉に繋げてきた。 「確かに一ヵ月だけなのよ。でもこの人、海外出張の時に碌な食べ物を口にしてなかったの。洗濯もほとんどしないし、家事全般がまるで駄目。それでね、今回は私もついて行こうと思うの」 「恵美もだと? じゃあ沙織はどうするんだ、雅彦君?」 「沙織は学校があります。それにご存知でしょうが、恵美は言い出したら聞かなくて……すでにパート先には長期休暇を申し出てしまって……」 「雅彦君……」  確かに娘は、一度言い出したら決して曲げない性格だ。雅彦が不安そうに振り返って恵美を見ても、私は意見を変えないと睨み返している。  無言の重圧が雅彦を襲い、不憫に思った妻が声を上げた。 「ねえ、あなた。一ヵ月くらいなら、いいじゃありませんか」 「……ふう、仕方がない。一ヵ月だけだな?」 「有難う御座います!」  こうして雅彦と恵美は、二階にある自分達の部屋へと戻って行った。  ここまでの話だと、私は威厳と優しさのある男だと思うだろう。  だが本当は違う。実を言うと私の言葉は全て建前で、本音を口にしていないのだ。  だからと言って、嘘を言っている訳ではない。  本音で話すとこうなるだけなのだ。
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