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暗くなった世界に負けじと明かりを灯す光たち。一本道にいくつも並ぶ居酒屋からは、おぼつかない足取りのサラリーマンやOLが次々と出てきては立ち話をしていた。
昼間とはまた違った騒がしさに包まれる夜の街。そんな街中にひっそりとしていながらも独特の存在感を放つホテル。その中に僕たち二人はいた。
「加賀さん」
「なに? どうしたの」
ただダブルベッドの上に二人並んで寝転び、僕の腕に顔を埋めるようにして瞼を下ろしていた彼女が突然唇の間に隙間を作った。
僕の返事に彼女が少しだけ顔を上げた。その瞬間に、柔らかな薄茶色の癖っ毛がシーツの上で踊る。そんな小さなことにすら、僕はまるで初恋でもしているかのように胸がときめいた。
「加賀さんの手、あったかい」
彼女はそう言って笑いながら、握っていた僕の左手にさらに力を込めた。
彼女が力を込めた指先が、まるで僕の心臓でも握っているかのように苦しくなった。苦しい。苦しいほどに、僕は彼女が愛おしい。
「そう。良かった」
平静を装い一言だけ返す。痛みを誤魔化すことに必死で、これが限界だった。
僕は、彼女が僕の隣で笑うたびに胸が痛んだ。それは、鋭く、きつく、つよく、何かに刺されるかのように。いつも、そんな痛みを伴うことを知っていながら彼女に会っていた。
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