1stステージ  文学青年

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「あ、安川くんって、やっぱ彼女いたんじゃない」 私は引きつった営業スマイルを安川くんに向ける。 「いたよ~。もう3年付き合ってるんだ~」 あっけらかんとして、安川くんが指を3本私の目の前に突き出した。 嬉しそうな表情をされると、どんな顔を向けてよいやらわからない。 彼女いるのかと誰かに訊ねられても「さあ?」とか言っていつもはぐらかしていたくせに。 いたんじゃないか、3年も付き合っている彼女が。 …密かに憧れていたことは、決して無駄にはならない。だって、誰かに憧れるって素敵なことだもん。 私はそう自分に言い聞かせた。ほとんど無理矢理だったけれど。 「お疲れ~」と手を振って安川くんが去って行く。 さあ、私も行くか。この人なんか放っておいて。 そして私はこの日、ロングスカートを履いてきてしまったことを後悔した。 なぜ、掴む? スカートの裾を。おまえは迷子の子供か。 ウエストがゴムだったら脱げていたかもしれない。 それを思うとゾッとする。 ベルトで締めていたから引っ張られても脱げずに済んだが、コントみたいな格好になって靴が脱げた。 ここは、脱げたものが靴であったことを喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか。 「真理香さん、今夜、ぼくの話を聞いて下さい」 だから、下の名前で呼ぶなっつの!
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