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とどのつまりみっちゃんはダブルブッキングしていたことを忘れていて、そんなとき、営業職の体育会系とか、製薬会社の研究員の理系男子の方が、高いものをご馳走してくれそうだという、たったそれだけの理由で、文学青年を袖にする。
「ってかさ、電波つながる場所にいてくれない?」
彼はいつも地下街の角にある喫茶店の、しかも一番奥の隅という場所を生息地としていた。
私は密かに彼を心の中で「モグラ」と呼ぶことにしていた。それほど彼はほの暗い隅っこを好んだ。電波がつながらない、と何度文句を言っても定位置を変えることはなかった。
そのモグラがみっちゃんに振られて、私に泣きついてきた。
会社を出たところで、
「あの~」
声にビクッとして後ろを振り向くと青っちょろい文学青年が幽霊のように立っていた。
かなり本格的にゾッとした私に向かい、
「あの~、美智代さんが行方不明なんです」
と、悲壮感漂う声音で訊ねてくる。
退社する同僚たちが、珍しい動物を見るような目で文学青年くんと私を見つつ駅の方に歩いていく。
…こいつと付き合っているなんて、カン違いされたら非常に困る。
咄嗟にそう思った私は、
「ああ、みっちゃんね。あれ? 何も言ってなかったの?」
と、いささか棒読み気味だったが、周囲に聞こえるような大きな声で言った。
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