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文学青年はリスみたいな目を向けた。
「ぼくとはもう付き合えないって言われました。どうしてかと訊くと、日本から出ていくから、と。携帯もつながらないし、どこにどれくらい行っているのか、何で行くのかも、何も教えてくれないんです」
誰と行く、というのは、さすがのみっちゃんも言わなかったのか。
「いやいや~、何せ急だったから。みっちゃんさあ、私にも実はよく説明して行かなかったんだよね~。もう、急に辞めるからこっちの仕事も増えたしさ、私も迷惑っつうか」
「でも、今日は定時で帰るんですね」
…痛いところを突いてくる。実は、みっちゃんと私は先月の異動で部署が分かれた。
みっちゃんが急に辞めたことによる直接的な被害は、実は被っていないのだ。
「じゃあ、そういうことで」
立ち去ろうとした私の後ろから、文学青年が大声で呼ぶ。
「真理香(まりか)さん!」
…なぜ、なぜ君は下の名前をそんな大きな声で呼ぶ?
せめて、呼び止めるなら苗字で呼べよ。
ああ!何というタイミングの悪さ。
同じ部署の安川くんがニヤニヤしながら私を指差した。
もう、ショックが大き過ぎて明日から会社に足が向きそうにない。
密かに憧れている安川くんがカン違いしたら、どうしてくれるのよ!
「だ~か~ら~、私にいくら訊いたって、細川さんの居場所なんかわからないんだから!」
私は『細川さんの居場所』という箇所をとくに強くして、安川くんに聞こえるように文学青年に言う。
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