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「ただいまー」
玄関から声をかけると、奥からパタパタとスリッパの足音が近づいてきた。
「おかえり、拓己。お腹空いたでしょ」
「うん」
「今日はね、野菜春巻きとエビのケチャップ炒め。
お味噌汁はシジミだし、なんだか拓己の好きな物ばっかりになっちゃった」
「へえ」
「……何よ、嬉しくないの」
「いや、嬉しいよ」
背中で母さんの気配を窺いながら、玄関口に腰かけたまま出来るだけゆっくり長靴を脱ぎにかかる。
「……」
――早く、向こう行ってよ。
こういう時に限って、母さんは背後に立ったまま動こうとしない。
時間稼ぎも限界に達し、俺は覚悟を決めてのろのろと立ち上がった。
スタジャンの裾をさりげなく押さえながら、母さんの前を素通りしようとする。
「――拓己」
心臓と一緒に肩が微かに跳ねた。
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