依頼者は過去を語る

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「三条と申します。本日はよろしくお願いします」  ちなみに三条は紺のスーツ。アクセサリーの類は、リボンさえつけていない。  名刺を差し出し、丁寧にお辞儀。 「どうも……こちらこそ。番藤(ばんどう)といいます」  依頼者の番藤は、緊張した声音で挨拶した。三十歳ぐらいだろうか、若さの残る顔立ちに、翳りが見えた。よほどのことがあったようである。探偵に依頼する人間はそういう雰囲気を持っていることが多い。どうしても自分では解決できない問題を抱えて、疲れ切った末にやってくるからだ。 「では、さっそく依頼内容をお聞きしましょう」  先野は分厚いシステム手帳を取り出しペンを取り、やや前傾姿勢で依頼者を見る。  一方、三条はテーブルに置いたスマホの録音アプリを作動させた。  話さなければならない状況を前に、依頼者は覚悟を決めたようだった。 「はい……じつは、つきあっていた彼女がいたんですが、ある日、いなくなってしまって――」  さらさらとペンを走らせる先野。 「彼女が浮気をするなんて考えられない。だからなにがなんやら、さっぱり理由がわからなくて」
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