依頼者は過去を語る

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 公園で休憩するわけにもいかなかったから、そのまま通り過ぎようとしたのだが、ふと公園内に視線を送った番藤は思わず足を止めた。  例の女がやはりベンチにすわって雨に打たれていたのである。さすがに異常を感じた。その日はなんとか一件契約を取り付けて気分がよかったというのもあって、いつもなら出ない親切心が顔をのぞかせた。  他にだれもいない公園に入ると、まっすぐにベンチまで行った。そしてそっと傘を差し出し、初めて声をかけた。 「こんな雨の日に、どうなさったんですか?」  それが、彼女との出会いだった。  彼女はサオリという名前だった。番藤はすっかり雨に濡れたサオリを家に迎えた。まだ桜も咲かないこの季節、風邪をひかないかとの心配をよそにサオリは平気だった。  何日も公園で、しかも雨が降っている日も、ずっとベンチにすわり続けているのはなぜなのか、それを尋ねると「行くところがない」とサオリは言った。番藤は呆れたが、ただの家出娘ではないような感じがして追い出す気にはなれなかった。
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