海の上の月

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「何? 男にフラれたの」 「フラれてない」 「ふうん。じゃあ、何? いじめとか? ってかコーコーセーになってもいじめとかやるようなヤツいるの?」 私は首を振った。 「……いじめじゃないし。フラれるも何も、相手……結婚してたし。そんなの一年も前の話だし」 「そんで?」 「未練あるわけでもないけど、さっき見かけたらなんか幸せそうで」 「思い出したってヤツか」 「……そうなるのかな」 「そんで、死んじゃおうかと思ったの?」 「死のうとまでは思ってなかったけど、海、見てたら……月に触れるんじゃないかって思ってきたのよ」 オースケは投げ出していた長い足を、ヨイショと小さくいいながら胡座を組んだ。 「バカだな」 「そうだね」 波の音と行き交う車の音、誰かの笑い声、どこかの店のBGMが重なる。 「そういうの、フラれたって言うんだよ」 オースケはニッと笑った。 「……」 「フラれてねえって言ってたけど、フラれたの。認めろ」 「デリカシーないわね」 「……デリカシーって、じゃあ。そうだな! フラれてねえよ! 大丈夫だ! とか言えばいいのかよ」 確かに、そんなこと言われても嬉しくもなんともない。私が答えに困っているとオースケは言った。 「オマエからしたら、名前もよく知らねえような俺に、急にそんなこと言われたってムカつくの解るけどよ。でも綺麗事言われるよりいーだろ?」 「……」 「オマエの事、知らねーもん。だから、慰めたって『オマエに何が解るんだよ』って思うだけだべ?」 学校の名前の入ったウォームアップジャケットが風でシャカシャカと音を立てる。指にはテーピングがされていて中指に貼られたバンソコウに血が滲んでいた。 「これ? 練習してる時にゴールの所になんかひっかけたのかな? 爪半分剥がれてさ。痛えの」 私の視線に気がついて、そう言いながら笑った。 街灯の灯りに浮かんだ影は、私が収まってしまいそうなほど大きな身体を身体で、並んでいるとまるで大人と子供のようだった。
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