終わりの始まり

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彼は私の理想形だ。 切れ長な瞳、通った鼻筋、色気を含んだ唇 彼は私に微笑みかける 優しく細められた目元は涼やかな雰囲気を容易く一変させる 「莉愛」 ただ名を呼ばれた それだけなのに彼の声色は私に淫靡な響きを思わせた。 声を出すのも忘れて彼を見つめる あぁ、いつからだろう…彼の毒に犯されてしまったのは… 優しく私を包む彼には毒があった 其れに気付く頃には既に手遅れだった 彼のしなやかな指が私の頬を伝う涙をすくう 「俺だけの可愛い莉愛。おやすみなさい」 直ぐ耳元で聞こえた彼の声は 温もりの中に狂気を孕んでいた。 私はゆっくりと瞼を附せて最後の言葉を彼に送った…ひっそりと心の中で。 私の身体は只の肉となり、その内に腐敗を始めるだろう 何も感じなくなった ぼんやりとした世界の中で彼との出会いを思い出す 彼は人混みで溢れた街中でも異様な程の存在感があった。 一見して冷徹。しかし、頬を緩めた表情には何故か幼さが残っていた 立ち居振舞いは上品でいて色気を含む一方で声色や言葉には悪戯な意地悪が見え隠れした。 第一印象は掴み所の無い人。 そして妙な警戒心を抱かせた その一方で両極端に湧く好奇心 私は好奇心に負けてしまった。 彼は話せば話すほど話題に事足りず、豊富な知識と表現力を持っていた。 惹かれるのに時間はかからず、頭が鳴らしていた警告音さえかき消えていた。 会えば会うほど優しく甘く欲しい言葉を、欲しい行動を私にくれる。 その包容力に私はのめり込むように溺れた。 彼と深い仲になり一年が過ぎた 彼は私を何も否定せず受け入れ続けるにつれて声で支配を始めた 何も否定しない中での誘導だった。 言葉巧みに私は自分自身も気付かぬ内に彼の思うままにコントロールされていた。 その実、私は彼の仕事も彼の家族も彼の本名でさえ知らなかった。 でも… それでも良かった。彼が褒めてくれるから それでも良かった。彼が微笑んでくれるから きっと今頃 原型からかけ離れ 赤に染まった私の髪を撫でながら 優しく微笑みかけてくれているだろう。 いつものように 愛し気な眼差しを 私だけに注いでくれているのだろう。 ワタシ、シアワセ。 ただの肉片に成ってしまった女を踏みにじりながら鼻歌を歌う男は、心底愛しそうに呟いた 「綺麗だよ。」 言葉とは裏腹に他の女の髪を撫でながら…
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