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彼女はあなたを愛していない。
ただ縋っていただけ。
そんなこと、私よりもあなたの方がわかっていたはずなのに。
あなたの睡眠不足が解消されたのは、彼女がうなされなくなったから。
「古谷さん、顔色が良くなりましたね。良かった。心配してたんですよ」
後輩の女子社員が笑いかけると、あなたは寂しそうに微笑んでサンキューと呟いた。
きっとあなたも予感していたんだろう。
彼女との別れを。
彼女が部屋を出て行った夜。
あなたは私に「おやすみ」と言うのを忘れた。
私は夜通しあなたを感じて切なくなる。
彼女がいつも寝ていた自分の左側に手を伸ばして、あなたは彼女の名前を小さく呼んだ。
眠っているはずのあなたが涙を流したのは、彼女の夢を見ていたから?
あなたは彼女を忘れるために、今夜も彼女の夢を見るのだろうか。
それは私にとっては嫌なことだけど、そうやって少しずつあなたが彼女を忘れていけばいい。
傷ついたあなたを癒すことは出来ないけど、いつもそばにいるから。
ずっとあなたを想って、そばにいるのは私なんだよ?
2人の日常が帰ってきた。
「おはよう」
あなたの声で私は目覚める。
そして、あなたの『おやすみ』で眠りにつく。
ずっとこのままがいい。
ずっとあなたと2人で。
「それって、腕時計ですか?」
後輩の問いかけに、あなたはカフェオレの入ったマグカップをテーブルに置いた。
そして、女子社員たちにスマホの画面を見せて説明を始める。
「ヘルスケアツールだよ。万歩計機能もあるし脈拍も測れる。食事内容を言えばカロリー計算もしてくれるし、こうやってスマホと連動して睡眠時間も確認できる」
あなたはちょっと自慢げだ。
「へえ? 言葉に反応するんですか?」
もちろん! とあなたは力強く頷いた。
「俺の『おはよう』の声で起動して、『おやすみ』でスリープする。かわいい奴だよ」
かわいいって言ってくれた!
私はますますあなたを好きになる。
女子社員たちはちょっと呆れた顔であなたを見ていたけど。
「おやすみ」
今夜もあなたの声で私は眠りにつく。
夢など見ないでぐっすりと。
ずっとあなたに恋をして。
END
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