夢など見ない

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昼休み。 会社の休憩室でカップ麺をすするあなたに、後輩の女の子たちが声をかけてきた。 「古谷さん、目の下にクマが出来てますよ?」 「ああ、最近、寝不足で」 「やだ。彼女と同棲を始めたから?」 クスクス笑われて、あなたは困った顔をする。 そうね。確かに彼女と暮らし始めたせい。 私と2人だったときは、ちゃんと私が寝不足にならないように気を付けてあげていたのに。 毎晩のように彼女は夢でうなされる。 私は夢も見ずにぐっすり眠っているから知らないんだけど。 『夕べもうなされてたね。大丈夫?』とあなたが彼女を気遣うから、そうなんだろう。 だから、いつも彼女は眠そうにしているのか。 それでも昼間、寝ていられる彼女はいい。 あなたは夜中に何度も起こされて、昼間は会社で働かなきゃいけないんだから大変だ。 慢性的な睡眠不足で、日に日に顔色が悪くなっていくあなたが心配。 彼女はどんな夢を見るんだろう。 前の男に暴力を振るわれていたときの夢かもしれない。 人は嫌なことを忘れるために、その嫌だったことを何度も夢に見たり記憶を再生したりする生き物だ。 そうやって、徐々にショックが和らいでいく。 いつかは悪夢を見なくなるとしても、今はまだ辛いはず。 同情する気持ちがあるから、私も耐えている。 「綺麗だ」 初めて彼女を抱いた夜、あなたは彼女を見て言った。 「嘘」 彼女の身体は痣だらけで、私もあなたの言葉は嘘だと思った。 ちっとも綺麗じゃない。 「嘘なんかじゃない。綺麗だよ。でも、俺に愛されて、もっと綺麗になっていく」 そんなあなたの声も息遣いも、私は今まで知らなかった。 あなたの心拍が上がっていく。ちょっと怖いぐらいに。 泣けるものなら、声を上げて泣きたかった。 これが”愛”というものならば、私はあなたに愛されたことはなかった。 ずっと愛し合っていると思っていたのに。 あなたは私の目の前で彼女を抱いた。残酷な人。 「おやすみ」 彼女の瞼に口づけして、あなたは優しく囁いた。 それで、私もやっと眠りにつけた。
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