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「誰だ?」
「エマです」
「鍵は開いてる。入れ」
「はい」
扉は静かに開け放たれ、その先には畏まったエマが控えていた。
「失礼致します」
最初は見慣れなかったエマの坊主頭も、1週間も続けていれば、さすがに自他共に目が慣れて来る。
当初は鏡を見る度、不幸のどん底みたいな顔をしていたエマも、最近ではメンテナンスフリーがすっかりお気に入りの様子。確かに楽は楽だ。
「まぁ、堅苦しい挨拶は抜きだ。何か飲もう。ビール? ワイン? ウィスキー?」
「えっ......院内でアルコールいいんですか?」
エマは少し意外な表情を浮かべている。ここが規律正しき禅寺であるが故に。
「ここの中だけは治外法権なんだよ。お前固いな」
龍貴は薄笑いを浮かべながら戸棚の扉を開けた。
扉の中は、いかにも高そうな洋酒がびっしりと詰まっていた。個人の趣向にしてはかなりの凝りようだ。
零光なる院長、無類の酒好きでなのであろう。
「では遠慮無く......ワイン頂けますか」
「よし、じゃあ血も滴る赤ワインいこうか! まぁ、そこ座れ」
エマは龍貴に導かれるまま、カウンター席の一番奥に腰掛けた。
『院長室』
勿論エマがこの部屋に入るのは初めてだ。
武家屋敷とも言える和風造りの中、壁沿いにはカウンターが設置され、あたかも『BAR』に居るかような錯覚に囚われる。
照明は極限にまで落とされ、その雰囲気はむしろ『BAR』そのものとも言えた。
きっとこの間も、龍貴と秋葉秀樹はこのカウンター越しで話をしていたのだろう。二人の話している様子が目に浮かんで来るようだ。
龍貴はそんなカウンターの内側で、ワインの準備に余念がない。
ボトル捌きはバーデン顔負け。絵になる人は何をやっても絵になるものだ。
なんか店が懐かしいな......
東京を離れてから、かれこれ10日間。
そろそろ『BAR SHARK』が懐かしくなってもおかしくは無い。
まさかアマゾネスのバズーカ砲で、店が壊滅しているとは夢にも思っていないだろう。知らぬが仏だ。
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