第十七章 玄武

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「待ってろ。今行く」 異常な程にぬかるんだ登り斜面を這いつくばりながら突き進むエマ。 地盤はキャパを越えた雨水を吸収しきれなくなり、いつしか幾筋もの小川を作り出していた。 つま先で地にエッジを掛ける度、土砂の塊が谷側へと落ちて行き、大木にぶつかっては砕け散っていた。 よくよく見れば、斜面にそれまで無かった亀裂が入り始めている。しかも湧き水が妙に濁っているではないか。 それらの現象は、更なる崖崩れの前兆に他ならなかった。 エマは『黄』が必死の救出劇を演じている山の中腹まで辿り着くと、そんな凶兆を見せる斜面を見て思わず唾を飲み込んだ。 まずいな...... こりゃあ崩れるのも時間の問題だ...... もし今崖崩れが起きたら、自分と『黄』と瓦礫の下の子供だけじゃ済まない。他の『玄武』はおろか、折角救出した村民すらも皆生き埋めとなってしまう。 ここで全滅するような事があっては、何の為に自らの足で山を越えて来たのか解らない。 切迫した状況であるが故に、より慎重な判断が求められる局面に差し掛かっていた。一つの判断ミスが命取りになる。 ドカンッ、バリバリ! 突如鼓膜を破るような大爆音と共に、目の前が真っ白になった。落雷だ。かなり近い。 一筋の雷に雨雲が刺激されたのかどうかは解らないが、途端に雨足が強くなる。 流れ来る雨水の小川は、やがてうずくまる少女の所にまで押し寄せて来る。 このままでは少女が水没してしまう...... 本気でヤバイ! そんな焦る二人を他所に、足元から弱々しい息絶え絶えの声が漏れて来た。 「くっ、苦しい......た、助けて......」 見れば瓦礫の下で、少女の苦痛に歪む顔が。迫り来る水の中で、倒れた柱が肺を圧迫しているのであろう。 すぐにでも救出しなければ、土砂崩れが起きるのを待たずとも、少女の小さな肺は自然とその伸縮を停止するに違い無い。
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