第十八章 獅虎豹鷹 朱雀 

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「マスター、ガイドブック見て無いんデスカ? この猿ハこの旅館で飼われてるんデス。猿と一緒に温泉入りたくて、ミンナこの宿にやって来るんデスヨ。まあコノ猿の親子にしてミレバ、温泉に入るのが仕事みたいなモンなんでショウね」 「なんだ、野生の猿じゃないんだ。それはつまらん」 よくよく見れば、二匹共顔がむっつりしてる。好きで浸かってる訳じゃ無さそうだ。恋人の飛び出した鼻毛に百年の恋も冷めたような心境になる。 「キャー、猿よ、猿が温泉入ってる!」 「キャー、可愛い!」 貧相な敷居を隔てたその向こう側から、突如女性の耳につく叫び声が響き渡った。そこが女性の露天風呂である事は言うまでも無い。 鄙びた温泉にありがちな『オープンな構造』 それは言い換えると『ガードが甘い構造』とも言える。 敷居と言っても、縦長の板をローブで繋げただけの実に原始的な造りだ。しかも吹き付ける硫黄成分が、いい感じに木部を腐食させている。 年頃の娘がここの湯に漬かるには、それなりの覚悟が必要と言えよう。もっとも知らぬが仏と言う言葉もあったりする訳だが...... 「なんだ? 女の露天風呂にも猿が浸かってるのか?」 マスターが呑気に問い掛ける。 「この旅館の名物デスカラ。男性露天風呂ダケと言う訳じゃ無いんデショウ」 女好きのポールにしては珍しく反応が薄い。彼の色欲には複雑なバイオリズムがあるのかも知れない。 一方若年の種馬二人は、そんなポールとは正反対の反応を示した。ドラッグカーのエンジンにニトロが注入されたかのような反応だ。 あの声はきっと! さっきの浴衣美人衆だ! 未来と健介の目がキラリと光る。 何を考えてるのかって? このような状況下において、二人が頭に浮かべる事など一つしか無い。 それは煩悩と言う名の悪魔が、理性と言う名の天使をノックアウトした瞬間だった。 見れば、女性露天風呂との境の敷居板は妙に疲れている。あちこち傷んでいるでは無いか! 抜き足、差し足、忍び足...... 未来と健介は盛りのついたブルドッグの如く、よだれを垂らしながら四つん這いで敷居板の方角へと進んで行った。 「全く......」 「懲りない連中デスネ」
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