第二十章 隠者の村

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「多分、『ほこらの滝』の上から流れ落ちて来たんじゃろうな。よくこの程度の怪我で済んだもんじゃ。あそこから落ちて生きてた者は殆どおらんからのう。きっとこの娘さんは『ほこらの神』に守られたんじゃな。有り難い話じゃ」 そう呟きながら、老女は滝の方角に体を向けて手を合わせた。 「俺は正直......牧子(まきこ)が蘇って来たのかと思ったよ」 老女にそう語り掛けながら、仏壇に顔を向ける青年。仏壇の中心には、一枚の年若き女性の遺影が掲げられていた。 その写真の女性は、溢れんばかりの笑顔を浮かべて青年の顔を見詰めている。何となくではあるが、今布団で静かに眠る女性と、面影が似ているような気がする。特に目元などが非常に良く似ていた。 「牧子......」 青年の目にうっすらと涙が浮かぶ。きっと生前の頃の記憶が甦ったのだろう。 「牧子が癌で亡くなってから、もう2年になるのう......月日が経つのは早いものじゃ」 「俺は未だ牧子の死が信じられない。今にも『ただいま』って笑顔で帰って来るような気がするよ」 「勝也(かつや).......牧子を忘れられない気持ちも解らんでも無いが、そろそろ前を見て歩き始めんと.......お前はまだ若い。いつまでもくよくよしておられんぞ」 「解っとるわ。そんな事......」 勝也なる青年は尚も目の前に眠る女性の顔を見詰めていた。 「坊主頭を見ると、抗がん剤治療をしていた時の牧子を思い出すのう......」 老女も青年と同じく、都会からこの家に嫁いで来た牧子の事がやはり忘れられない様子だ。
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