第二十章 隠者の村

4/25
前へ
/1040ページ
次へ
勝也と牧子は、誰もが羨むようなおしどり夫婦。手を繋ぎ、楽しそうに歩く姿が幾度と無く見掛けられていた。 しかし都会から突然この未知なる田舎村に嫁いで来た訳で、常に気苦労が絶えなかった事も事実だ。 にも関わらず牧子は、辛い顔一つ見せずにいつも笑顔で明るく振る舞っていた。 そんなストレスが祟ったのだろうか......嫁いでから僅か1年、彼女は突然病魔に襲われた。気付いた時にはすでに手遅れ。そして瞬く間に帰らぬ人となった。 享年23歳、余りに早い死だった。 牧子の事を思い出す度に、勝也の目からは未だ涙が溢れ出てくる。 しかしいつまでも悲しんでいる訳にはいかない......それは勝也も十分に理解している事だった。 勝也は涙を拭い顔を上げる。そして悲しみを吹き払うかのように声を上げた。 「さぁ、母さんそろそろ静かにしてあげよう。俺はちょっと畑の様子をもう一度見て来る。昨日の嵐の後だからな。村長たる親父の留守中に畑を潰したとあっちゃ、ご先祖に顔向けが出来ん。母さんも昨日の嵐で洗濯物溜まってんだろ」 「そうさな。働かざる者、食うべからずだ」 『ほこらの滝』から流れる静かな河川の麓。近代社会から取り残された『富士国』の小さな村に住む親子は静かに立ち上がり、未だ静かに眠り続ける娘を残しておのおのの『職場』へと向かっていった。
/1040ページ

最初のコメントを投稿しよう!

366人が本棚に入れています
本棚に追加