第二十章 隠者の村

18/25
前へ
/1040ページ
次へ
『富士国』の為に死ねば『神』になれる......この村では子供にそんな思想を植え付けていると言う事なのだろうか? 見れば子供達の顔は真剣そのもの。『富士国』の教えを百パーセント信用し、何の疑いも持っていない事の現れと言えよう。 この子供達の表情から察するに、生まれて以降、親から美化された『殉職』について、念仏のように教え込まれていたに違い無い。 それは『教育』と言う名を騙った『洗脳』以外の何物でも無かった。 とは言え、今日初めて会った得体の知れない人間から『そんなの間違いだ!』などと突然言われたところで、『ああそれは間違いだったんだ』などと考えを改めてくれる訳も無い。 この子達には、正しい教育と時間が必要だ......そう考えざるを得なかった。 「そっか......みんな立派な信念を持ってるんだね。でもお姉さんは、みんなに長く生きていて欲しいし、それに......」 「きゃー!」 牧子がまだ話を続けている最中だった。突如一番後ろの影に隠れていた少女が、けたたましい悲鳴を立ち上げた。 なっ、なに?! 牧子は反射的に立ち上がり、素早く後方を直視した。 ガルルルル! ワンッ、ワンッ! 野犬だ。しかもかなり大きい。それは最早、猛獣と言っても過言では無いレベル。 距離にして3メートル。もう目と鼻の先に迫っている。 目は吊り上がり、尻尾はぴんと真上に突き上がっていた。口からはだれがダラダラと垂れ落ち、正に興奮状態。いつ子供達に襲い掛かってもおかしく無い状況だ。 ワン、ワン、ワンッ! そして猛獣は3度大きく吠えると、遂に一番後ろの少女に飛び掛かった! 正に最悪のシナリオが始まった瞬間だ。 「キャー!」 少女は余りの恐怖に金縛り状態。ただその場に立ち尽くす事しか出来ない。少女の命も風前の灯火と言わざるを得なかった。 そして猛獣の鋭い牙は、少女の首筋目掛けて一直線。誰もが少女の死を覚悟したその時だった。
/1040ページ

最初のコメントを投稿しよう!

366人が本棚に入れています
本棚に追加