第二十章 隠者の村

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お前が噛み付くのは、その少女の首じゃない! これだ! 牧子は自身の左腕を少女の顔の前、即ち野犬の目の前に差し出した。 すると思惑通り、野犬の視線は少女の首から牧子の腕へとシフトチェンジ。 ガルルルルッ!   野犬は地を這うような呻き声を上げると、そのまま導かれるようにして、牧子の左腕に噛み付く。 そして腕の肉をごっそり噛みちぎると、今度は首筋へと襲い掛かって来た! 「くっ!」 牧子の顔が一瞬激痛に歪む。 しかし潜在意識の中に封印されたエマなる者の防衛本能は、決して次の攻撃を許さなかった。 素早くその身をかわし、怯んだ野犬の急所目掛けて正拳を見舞う。利き腕たる右の拳はなおも健在だ。 その一撃は正に渾身の一撃。野犬の戦意を喪失させるのには、十分過ぎる程の威力だ。 実は...... そんな攻防が、ほんの一瞬の間に繰り広げられていたのだった。 脳がエマを忘れていても、身体はエマを忘れていない。それを立証するような攻防だったと言えよう。 一方...... そんな死闘を目の当たりにした子供達はと言うと...... 未だ恐怖が抜けきれず、ただブルブルと震えている。皆、目いっぱいに涙を溜めていた。 無理も無い...... 大人の目から見ても野犬はかなりの大きさだった。子供から見たら、まるで巨大モンスターのように映っていたに違い無い。 怯え悶える子供達の様子に気付いた牧子。 見る見るうちに阿修羅王の顔から、慈悲深きマリア様の顔へと変貌を遂げていった。
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