第二十一章 Dr.八雲 

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すると大広間から、 「はい、どちら様ですか?」 勝也の声だ。 やっぱあたしが出て行ったところで、誰だか解る訳無いもんな......ここは勝也さんに任せておこう。 牧子は玄関に向き掛けた体を元に戻し、再びガスレンジに火を点した。特大エビフライがプカプカと油の上に浮いている。 いい感じに色が付いてきた......見ているだけで食欲がそそられる。 その時牧子は、新婚ホヤホヤの乙女のような表情を浮かべていた。エマがエマである時は、絶対に見せた事が無い表情だ。 潜在意識の奥深くに封印されていた『女性』たるエマの真の姿が、記憶喪失を発症した事に寄り、その封印が解かれた......そんな仮説が成り立つ。 国士無双のエマであっても、鎧を脱いでしまえば、万人のそれと変わらぬ女性である事を証明したかのような一幕だった。 合気道の達人、そしてカリスマ探偵だった父の子として生まれたエマ...... もしこのような特異な環境の元では無く、普通の環境で幼少時代を過ごしていたならば、きっとエマは普通の結婚をし、このような乙女の笑顔を常に浮かべていたに違い無い。 もしエマ一人だけの幸せを考えるなら...... このまま記憶が戻らず、生涯『牧子』として人生を送る事も決して悪く無いのかも知れない。 しかし神はエマにそれを許さなかった。それは使命を持って生まれた者の宿命とも言えた。 ガラガラガラ...... やがて広い玄関のガラス戸が、大きな音を立てて開放を見せる。 「初めまして。人を探しています」 勝也の前で開口一番そう告げたのは、長身で線が細い一人の年若き女性だった。 実に無表情、前髪で顔はよく見えないが、牧子に負けず劣らず、鼻筋の通った清楚な顔立ちのように見受けられる。 「人を探してる? それであなたはどちら様なのですか?」 勝也は妙な胸騒ぎを覚えながら、再び問い掛けた。
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