第二十一章 Dr.八雲 

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なんじゃ? どうしたんじゃ? 母は重い腰を上げると、殺伐とした表情を浮かべながら、廊下の窓を開け外を見渡した。 いつもならこの時間、真っ暗闇とも言える窓外の景色も、今日に限っては何やら北の空がオレンジ色に染まっている。しかもゆらゆら揺れているでは無いか。 かっ、火事だ?! まさか......あの方角は! 八雲診療所! 今頃、勝也と『牧子』が......母の顔から見る見るうちに血の気が引いていく。 人は後ろめたい事があると、どうしても悪い方向に思考が向かってしまうもの。妙な胸騒ぎを押さえ切れない母だった。 母は足が縺れながらも、必死に外へと走り出して行く。気持ちだけが前に進み、足がついて行かない。 「ちょっと、一体何が起きてるんじゃ?!」 「おお、羽黒の母さんか。八雲診療所が火事らしいぞ。今、隣村の消防団が消火活動してるみたいだが、逃げ遅れた者が居るって話だ」 そう答えたのは、お隣のご主人。情報通で有名な輩だ。 やっぱ八雲診療所! かっ、勝也! 「ちょっとご主人! あたしを車で八雲診療所まで連れてっておくれ。『牧子』と勝也が診療所に行ってるんじゃ!」 「なっ、なんだって? そりゃあ大変だ! ちょっと待ってろ。今車引っ張って来てやる」 隣のご主人は血相を変えて、自宅のガレージへと急ぎ足で消えて行った。
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