第二十一章 Dr.八雲 

32/48
前へ
/1040ページ
次へ
「あたしの大事な息子が! あたしの勝也がこの建物の中に居たの。勝也はどこ? 勝也はどこなのよ?!」 四方を見渡す限りその姿は見えない。母は正に半狂乱。気付けば、喉から血が出るような大声で叫んでいた。 すると消防団員は...... 「羽黒勝也さんのご親族の方ですか?」 急に畏まり、取り乱した母に問い掛ける。 「そうよ......勝也はあたしの息子よ。早く勝也に会わせてよ。お願いだから......」 群衆が自分に向けている哀れみの視線...... そして、 勝也の母と聞いて、急に態度が畏まった消防団員...... そして、 突然、のし掛かり始めたこの重い空気......  それらを総合的に考えれば、状況は決して楽観的で無い事くらい容易に想像がつく。 この母の感性は年老いてはいても、決して愚鈍では無かった。 「ちょっとお待ち下さい」 消防団員は母に背を向けると、消火活動を指揮している別の消防団員の元に駆け寄って行く。多分貫禄からして、その者が指揮官なのだろう。 何やらごちゃごちゃと話を始めたようだ。二人の視線は常に母に向けられている。 母が気付いているのかは解らないが...... 指揮官の足元には、毛布でくるまれた担架が置かれている。 毛布の下には何があるのか?  いや、誰が居るのか? その答えは、今ここへやって来た母と隣のご主人以外は全員が知っている事だった。 やがて貧乏クジを引いた指揮官が、ゆっくりと母の元に歩み寄って来る。その足取りは誰が見ても解る程に重かった。
/1040ページ

最初のコメントを投稿しよう!

366人が本棚に入れています
本棚に追加