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「っあー、さっぶー!」
暖房の効いたバスの中とはいえ、さっきまで吹雪にあたっていた小さな身体はなかなか温まってくれない。肩を竦め、両手を擦り合わせる。はぁはぁ、と、息を手にかけながら、何とはなしに車内を見渡した。
面白いことに、自分以外の乗客は皆、男性だった。何だか年齢制限のかかった映像にありそうなシチュエーションだな、と思い、軽い笑いが込み上げてくるが、実際、そんなことになったら大変どころの話ではない。
バスが次の停留所に停まる。乗ってきたのは一人の老女だった。真っ赤な薔薇の花束を抱え、ゆっくりとした動作でステップを上がる。
ぐるりと車内を見るが、どの席も埋まっていて、老女が座る場所はない。少女は、さっと立ち上がると、老女に手を差し伸べた。「どうぞ、座ってください」
そう言うと彼女は、驚いたように目をぱちぱちとさせて、穏やかに微笑んだ。「ありがとう。助かります」「いえ」
やはりゆっとりとした動作で椅子に座ると、まるでバスはそれを待っていたかのように緩やかに走りだした。
「綺麗な薔薇ですね」
話しかけると、老女は柔らかい笑みを浮かべる。「そうでしょう? これは特別な薔薇なのよ」「特別? お誕生日かなにかですか?」「いいえ、違うわ」
それじゃあ、何が特別なのだろう?
思案するように少女が小首を傾げる。
「見て。綺麗な緋。まるで血の色のようでしょう?」
「血……」
確かに言われてみれば、真紅というよりは、少し黒みがかった緋をしている。人間の血液と同じ色――
少女はゾクリと背中を粟立てた。
異様な雰囲気を感じ、あたりを見渡す。
乗客が全員、少女と老女の方を向いていた。
刺さるような視線に晒され、少女は思わず自分の身体を抱きしめる。
その間もバスは停まらない。次の停留所も、その次の停留所にも停まらずに、ただひたすらと何処かへと向かって走り続ける。少女が降りるはずだった停留所も、もちろんとうの昔に過ぎてしまった。
「なに……どうなってるの……?」
「怖がることは何もないわよ、優しいお嬢さん。ちょっとだけ運命の軸がずれただけよ」
「え……?」
冷や汗が背中を伝う。
譲った椅子に座った老女が、にたりと笑った。
唇の隙間から、鋭利な八重歯が見える。
「楽しいパーティの始まりだ」
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