名村、語る・「あの井上君」の「武勇伝」

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名村、語る・「あの井上君」の「武勇伝」

尾崎が井上をいい加減、持て余し始めたその時、船室のドアがパタン、と開いた。姿を現したのは、リーダー格として頼られている名村泰蔵である。 「いや、実に暑いな!フランス本土が、こうでないといいんだが…。 ところで、井上君は大丈夫か?すごい船酔いで、ほとんど起き上がれないと聞いたが?」 尾崎が立ち上がる。そして、生ゴミを見るような目で、ベッドの上に転がったままの井上を見下ろした。 「いや…なんか、吐き気止めを飲んでも、すぐにその錠剤を戻すんだそうで…。もう、『死ぬ』、『フランスに着く前に絶対死ぬ』と、私は何度、聞かされたか…。」 「ふうむ…。全く、あの井上君がな!司法省ではさんざっぱらエリート風を吹かせ、フランス語は日常会話レベルそこそこなのに、何故か根拠のない自信を持ち、『すべて私にお任せください…!フランスのあらゆる制度を、日本に持ち帰ってご覧に入れます…!』とか言っちゃって、我々が若干、青ざめるほどのフカシ放題だった井上君がな…! あと、ちょっとでも自分より身分が下の奴を見つけると、吸いたいわけでもないのに速攻で煙草を口にくわえ、部下にマッチで火をつけさせて喜んでいた井上君がな…! 正直、お掃除のオバさんの目の前に立って、平然と丸めた紙くずを床に投げ、恐ろしい顔で『拾え』とか言っちゃって、あげくお掃除のオバさんにすら嫌われている井上君がな…!」 「そうですね、名村さん…。新入りの官僚の歓迎会の時に、自分よりイケメンを見つけた次の瞬間、その新入り官僚に思いっきり飛び膝蹴りをかまし、あげく『俺よりイケメンは全員、死ね!』と、仁王立ちになって高らかに宣言し、最終的に名村さんに頭を下げさせた、あの井上君ですからね…。」 「そうだよなぁ。…なあ、きみ、もし井上君の言う通りになったら、司法省の官僚の5分の4は、いなくなってしまうぞ!業務が成り立たんじゃないか、なあ?」 「いえ…名村さん、誠に申し訳ないんですが、今の井上君にその言葉は、ちょっと…。」 「ああ、そうかそうか!じゃあ、6分の5は、いなくなることになるな!もうコレ、完全に業務を受け付けられないレベルだぞ、これは!」 「いや…名村さん、そういう現実的な、マジのやつじゃなくて、もうちょっと表現をマイルドに…。」
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