槇貝慎一郎、登場(尾崎三良視点)

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槇貝慎一郎、登場(尾崎三良視点)

こちらは、井上・尾崎の船室。誰かが足で、ドアをバンと蹴り飛ばして開けた。尾崎が怪訝な顔で、ふ、とそちらに目をやる。 そこに、胸を張って佇んでいたのは、目は大きいが三白眼の、見たところ14歳ぐらいの少年であった。黒い背広に身を固め、黒髪を短く切り、片側を気障ったらしく目の上まで被せるように下げている。細い金縁の眼鏡をかけ、その両脇からは、丈夫そうな、腰まで届くほど長い金の鎖…横に、錠前をかけられ、ロックされている…が、垂れ下がっていた。 「よう、元気? 『ゲロバケツ』。」 横たわっている井上の体が、ピクリと動く。そのまま、肩で息をつきながら、かなりの無理をしてゆっくりと起き上がった。 「ゲロ…バケ…ツ…?」 死んだ魚の目でそう言いながら、思わず尾崎を見ると、尾崎は思い切り目をそらした。思わず立ち上がり、少年をぶん殴ろうとした井上の拳を、少年がニヤニヤ笑いながら、あっさりと止める。 「ねぇ。君、年長者に対して、その態度はなんですか?この、政府からの派遣留学生に、子供が数人、混じっているのは知っていますが、あなたはその中でも最悪の、礼儀知らずです。」 「は?」 少年が、目を見開く。 「あのー…あっ、知らねぇのか!あらかじめ言っておくがな、オレ様がてめぇらと行動を共にする、 『槇貝家・第149代当主』、槇貝慎一郎だ!」 その一言で、井上は床に崩れ落ちた。 「『お目付役』って…コイツかよ…!」 「あっるええぇぇ??上司にそんな態度、取っちゃっていいのかなぁ?」 「上司…!?」 2人が同時に、顔を上げる。 「オレ様は、太政官大書記官。キミら、ヒラ同然でしょ?」 「待てっ…!」 『身分』の話になると、すぐさま食いつく井上が、口をはさむ。 「今のはいくら何でも大法螺、フカシでしょう?相当な実力と経歴がないと、大書記官にはなれませんよ?」 「あ、だから、オレ様さぁ、頼んだのよ、『ともみちゃん』に。そしたら、すんなり通ったわけよ。」 2人が、顔を見合わせる。 「は…?」 「『ともみちゃん』って…。」 槇貝は何かを口にくわえ、面倒くさそうに言い放った。 「だーからぁ、ともみちゃんだよ。岩倉具視。」
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