槇貝慎一郎、登場(井上毅視点)

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槇貝慎一郎、登場(井上毅視点)

バタン、と、船室のドアが乱暴に蹴り飛ばされる。 「もおぉーなんなんだよもぉ、俺、船酔いで寝てんのよ?さっきの名村さんもそうだけどさぁ、ちったぁ静かに寝かしてくれよもぉ…」 井上は、ちら、と目だけを動かして相手を見る。 そのまま、がば、と起き上がろうとしてあえなく失敗し、腹ばいになったまま、相手の顔を見上げた。 そこに、胸を張って佇んでいたのは、大きな瞳に、真っ白の大理石を彫り刻んだ跡のような綺麗な二重まぶたの線を描いた、睫毛まつげの長い、見たところ16歳ぐらいの、見事な美少女であった。 明らかにオーダーメイドの白い背広を、折れそうに華奢な身にまとい、膨らんだ胸はあらかじめサラシで潰してあるのだろうが、それでも隠しきれていない。 腰まで伸ばした、さらさらとした、清潔そうなまっすぐの黒髪。細い金縁の眼鏡をかけ、その両脇からは、丈夫そうな、腰まで届くほど長い金の鎖…横に、錠前をかけられ、ロックされている…が、垂れ下がっていた。 (…え?…え?この、ちょっと勝ち気そうな美少女の「お守り」が、僕らの任務なんですか?人違いじゃないんですか?この可愛らしいお嬢さんが、あの「槇貝慎一郎」なんですか?噂では、傲慢、人を人とも思わない、最悪のガキと聞いていたのに…。え、これ、現実はチートですか?僕らが得をするという、チートですか?いわゆる「ご褒美」ですか?そうなんですか?) 「こんにちは、お元気? 『ゲロバケツ』。」 横たわっている井上の体が、ピクリと動く。そのまま、肩で息をつきながら、かなりの無理をしてゆっくりと起き上がった。 (最初が肝心…!しょっぱなから、小娘ごときに舐められてたまるか…!) 「ゲロ…バケ…ツ…?」 死んだ魚の眼でそう言いながら、思わず尾崎を見ると、尾崎は思い切り目をそらした。思わず立ち上がり、少女をぶん殴ろうとした井上の拳を、少女がニヤニヤ笑いながら、あっさりと止める。 「ねぇ。あなた、年長者に対して、その態度はなんですか?この、政府からの派遣留学生に、子供が数人、混じっているのは知っていますが、あなたはその中でも最悪の、礼儀知らずです。」 「は?」 少女が、目を見開く。 「あのー…あっ、知らないのか!あらかじめ言っておくが、私が貴様らと行動を共にする、 『槇貝家・第149代当主』、槇貝慎一郎だ!」
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