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「死の宣告」と「処刑」から始まる人生・荻野銀子の事情
…その数年後。
いい加減、夜半の時刻であったが、太政官(注:現在でいう「内閣」)右大臣・岩倉具視は、デスクに座り、葉巻を吹かしながら、「その時」を待っていた。
廊下で、バタン、バタン、ともがく音がし、黒いスーツに身を固めた官僚が、2人がかりで、「その少女」の両脇を抱え、岩倉のいる執務室へと入って来た。
「何や、お前ら!何さらしとんねん!サツか?仲間のことやったら、ウチは一切、ゲロせんからな!覚えときいや!」
「…つ、連れて来ました!岩倉右府(注:右大臣の呼称)!」
岩倉が目を細め、ゆっくりと立ち上がる。
その目を見上げた瞬間、少女が、
「うっ…!」
と呻いて、ただちにその場に正座した。はっはっは、と岩倉が大笑する。
「物分かりのいい娘だな。なあ…?」
「は、はあ…。」
官僚が、仕方なく相槌を打つ。
「経歴は?」
官僚が、直立不動の姿勢で立った。
「銀子、通称『かっぱらいのお銀』。5歳です。
ここ最近、東京府内を騒がす、いわゆる窃盗団の一味でして…。この娘が最年少、少女と見せかけて相手を安心させ、遊んでいるふりをして相手の財布を掏りとる…というのが、この娘のやり口と聞いています。親を始め、親族がどうなっているのかは、全く分かりません。」
岩倉はデスクを離れ、座り込んでいる銀子と向かい合いに立った。右手に持った扇子で、ぐっ…!と銀子の顔を持ち上げるようにする。
「今、私の洋服のポケットに、ちょうど財布が入っている。どうやって掏りとる?
ここで、実際にやってみろ。」
銀子は青ざめて立ち上がると、覚悟を決めた表情になり、岩倉から少し離れた。くるりと後ろを振り向き、いきなり、はしゃいだ声で、
「鬼さんこちらー、や。追いついてみいや!アハハ!」
そのまま、立っている岩倉の横をすっ…とすり抜け、ちらっと後ろを振り返り、
「あ、おっちゃん、すんません!」
と、一瞬だけ真面目な顔で言い、そのまま窓際まで駆けて行って、止まった。
「これで、ええですか?」
官僚たちが、一気にざわめく。
岩倉の顔つきが、変わった。
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