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「それでいいんだ。」
岩倉が、悠然と答える。
「よろしいのですか…?それで…?畏れながらうかがいますが、完全に、国費の無駄では…。」
チラ、と岩倉が目を上げた。
「パリ大学での法律学の講義は、正直、名村、鶴田あたりに任せておけばいい。井上、尾崎、この2名には、別の任務を与えてある。それが…『槇貝慎一郎』の、お目付け役だ…!」
官僚たちが、ざわざわとざわめく。
「槇貝…?」
「もういい加減、廃れたんじゃないのか、あの家…?」
「そもそも政府と何の関係があるんだ…?
槇貝慎一郎って、まだ、たかだか10歳にも満たないような、子供だろう…?」
ふふん、と岩倉が笑った。
「お前たち、そんな口をきいていいのかな…?『太政官大書記官(注:内閣書記官長とほぼ同じ身分)』に…?
槇貝慎一郎、14歳。…お前たち全員の、上司だぞ?」
(無茶苦茶…!)
(無茶苦茶…!)
官僚たち全員に、大きな動揺が走る。
「…言っておくが、槇貝はわがままで傲慢、普通の子供と完全に隔離されて育てられているから、率直な話、自分を大人と完全に同等だと思っている。…目つきが悪く、性格が悪く、ガラが悪い、3拍子、綺麗に揃った最悪のガキだ。これを御することができるのは、井上、あいつぐらいなものだろう。…尾崎は、そのアシストだ。」
岩倉は言葉を継ぐ。
「今、『国費の無駄遣い』と言った奴がいるが、断じて違う。私はお前たちを高く評価しているが、それは、明治政府の『オモテ』の顔としてだ。その『ウラ』で、暗躍する存在が必要だ。だから、年端もゆかぬ子供や、槇貝のような、大抵の官僚が持て余す存在…。そして、それを見事に、育て上げ、鍛え上げられる根性を持った者…!それが、必要なんだ。」
リーダー格の官僚が、恐る恐る言う。
「井上君は…確かに、他の官僚と一線を画する何かを持っています。司法省の全員が、それは認めます。ですが…年齢的に…もうギリギリ、というか、正直、これから先、活躍するタイミングが果たして彼にあるのか…というか…。何故、『我々のうちの誰か』では、いけないのでしょうか?」
岩倉が、さっと顔を上げた。
「じゃあ、お前、私が『今ここで死ね』と言ったら、死ねるか?」
「え…?え…?」
岩倉は背広の内ポケットから小型の銃を出すと、それを官僚の額に突きつけ、皮膚の上に銃口を食い込ませた。
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