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「ではまた」
「はい。おやすみなさい」
食事をした後、改札口まで送ってくれた彼に向かって微笑んでから、くるりと背を向ける。
その時。
「あ、あのっ! 僕と結婚してください……」
振り絞ったような彼の声が聞こえてきた。
もう一度彼に向き直ると、目を丸くして右手で口を押さえており、言うつもりがなかったことは明白であった。
「まだ数回しか二人で食事をしていないあなたと結婚できるかどうか、という判断はすぐには難しいのですが、結婚を前提で、ということであれば、お付き合いしていく中で考えるということでもよろしいですか?」
私の口から滑りだしてきた言葉。
自分でも驚くほど冷静だった。
「それで、いいです……」
彼は多分、付き合ってない状態でプロポーズするつもりはなかったのだろうと思う。
顔を真っ赤に染めて俯く彼の姿を見て、私の口角が自然と上がった。
「では、行きますね」
「あ、そうですね。またぜひ会いましょう」
今度こそそれぞれが帰路につく。
もう一度改札に向き直り、ICカードをタッチする。
チラリと後ろを振り返ると、彼がこちらを凝視しながら静かに涙を流していた。
とても綺麗な涙だった。
私が見ていることに気づくと、彼は慌てて両手で濡れた目を拭って、笑顔で手を振ってくれた。
この人となら結婚できるかもしれない、と唐突にそう思った。
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