「極上の美味」

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アー エルモ ヴァー ヘー ガンヌ ヴォイ。 極上の美味。 それは、ずっと求めてやまない飽くなき願望。 この世のあらゆる美食を食べ尽くしてもなお味わえない儚き幻想。 おっと、申し遅れた。 私の名はエスデクス。魔界を統べる魔王だ。 意外かね?魔王にも味覚はあるのだよ。人間以上の味覚がね。 魔界は人間界以上に美食の宝庫だ。 そして、私は人間では到底味わうことのできない至高の味覚も味わうことができる。 例をあげれば、そうだな。毒龍の濃縮テールスープはどうだ。あれは人間なら爪の先ほどでも口に含めばその瞬間に灼けるような灼熱の痛みが全身を駆け巡り、狂い死にするだろう。 しかし、その味わいは実に奥深い。文字通り、痺れるような旨みだ。 他にも死霊のカルパッチョ、幻魔のポワレなどもなかなかのものだ。 しかし、そのどれもが私の求める「極上の美味」ではない。 それは、いったいどこにあるのか。 ん?ふふふ…もちろんだよ。君たち人間も食べ尽くした。 いろいろな調理法によってね。 しかし、それも違う。私の求める極上の美味ではなかった。 さて、何で今、こんな話をしているのかわかるかね? わからない?そうだろうな。 教えてやろう。 実はね、ついに見つけたのだよ。極上の美味を。 いや、もちろんまだ口にしてはいない。 それはまだ存在しないのだ。 どういうことか? いいかね、極上の美味とは、この世に存在しない。この世とは、私の住む魔界。そして君たちの住む人間界にもだ。さらに言えば、忌々しき神々が住まう神界にも存在しない。 では、どこにあるのか。存在しないものがある世界。 虚無。極上の美味はそこにある。 前置きが長くなった。 嬉しさのあまり饒舌になっているな。許してくれたまえ、我が生贄よ。 ん?生贄とは誰かって?無論、君だ。 君は、最初の一文を読んだだろう?あれは、虚無にいるモノとの契約の言葉だ。 ははは、慌てなくてもいい。すぐに何かが起こるわけではない。 ただ、虚無に君の契約の言葉が届いた瞬間、君の魂は虚無のモノに貪り喰らわれる。そして、君の魂を喰らったモノ、それこそが私が求めていた極上の美味だ。私はそれを喰らう。 ああ、楽しみだ。少なくともあと百年以内には口にすることができるのだからね、極上の美味を。 待ちきれないよ、君。
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