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少女が『相馬兄』と呼ぶ男子学生(上級生なのだろう)は宥めるようにして、あくまでも穏やかな口調で語りかける。
少女の落胆具合からするに、どれだけ『相馬兄』が慕われていたか用意に想像できた。
「それでも、だよ。
臓器移植の後、リハビリに専念してたから剣の腕が落ちたっていうのはわかってる。
でも戦闘のカンとか、体に染み付いた感覚はそう簡単に消えるものじゃないはずだよ。
……ねぇ答えて。相馬兄、本当は剣をふれーー」
「亜紗!」
ビクッと、突然『相馬兄』が出した張り詰めた声に『亜紗』は身をすくめる。
怒りをぶつけられると思っているのか、目を瞑ったまま体を少し震わせている。
そんな状態の体を、『相馬兄』は大事そうに、優しくその肢体を包み込むように抱き寄せていく。
相手が怒っていないのがわかったのか、ようやく『亜紗』から力が抜けた。
「俺が選んだことだ。誰も悪くないし、誰も憎まれるべきじゃない。
……勝手に剣聖科をやめて、すまなかったな」
「……やっぱり帰ってきてよ、お兄ちゃん。
お兄ちゃんならもう一度やり直せる筈だよ」
すると意地悪な笑みを浮かべて、『相馬兄』が抱き寄せた少女に向かって話す。
「おや、外では『相馬兄』じゃなかったのかい?
家の中以外でお兄ちゃんと呼んでくれるなんて。
いやぁ、我ながらいい妹を持ったものだ」
「は、はぐらかさないで!
今のはちょっと動揺しちゃってって言うか……
そう!ノーカン、ノーカンなの!」
顔を真っ赤にして反論するその姿からは、先程までの悲壮感は見られない。
「さ、そろそろ中に入ろうか」
二、三年生は昨日まで授業がなく、今日から一年生と同時に開始される。
そうして二人は、校区の約六割を使用して建てられている巨大な校舎に入っていく。
忘れてはならない、この学校は。
攻撃も防衛も密偵も潜入も隠密も産業改革も全てを可能にするという希望を託されるーー
ーー『剣聖』と『魔導士』を『創り出す』場所なのだと。
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