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「つまらぬ…」
シオンはジュラを片腕に抱いて、人の世をぐるりと眺めため息をついた。
いつもと変わらぬ退屈な人の営みがあるだけだった。
食べる者、眠る者、笑う者、泣く者。抱き合う男と女、生まれる者、死ぬ者。
そこにシオンの気を引く新しいものはなかった。
ずっと以前、気まぐれに人の前に現れて、彼らが驚き恐れひれ伏すさまを見て よく楽しんでいた。
だがそんな遊びにも飽き、シオンがその姿を人に見せることをしなくなってずいぶん久しい。
「何か面白い悪戯で人を驚かせて見せましょうか?」
ため息をつくシオンに、媚びるような笑みを浮かべながらジュラが言う。
帰る…。そう言おうとして、シオンはふと何かに気づいた。
「…あれは、なんだ…?」
シオンの視線の先に女がいた。
「ただの人でございましょう?」
ジュラが訝しげに答える。
シオンはジュラを残し、その女のもとにそっと降り立った。
"なんと美しい…。"
シオンはしばし見惚れた。
女は歌っていた。
"このように美しい姿も美しい声も、私は知らぬ…"
朝の色をした髪、空の色をした瞳。心地よい音を聴かせる唇は、どの花の花弁より可憐で艶かしい。
汚れのない肌、なめらかな曲線を描く肢体。その身に纏う衣は粗末な人の世界のものでありながら、あのジュラの衣よりも美しく目に映る。
シオンは女に触れてみる。
陽だまりのような感覚が手のひらにしみてきた。
「誰…?」
女は振り向き辺りを見回した。
不思議そうに両腕で自分の身を抱く。
シオンは触れた手を離した。
女に姿は見えていないはず…
"私を感じたのか…"
シオンは少し驚く。そして嬉しく思う。
「シオン様、そのように人に触れて戯れるなど…」
隣に降りてきたジュラが咎めるように声をかけてきた。
とたんにシオンは不快になった。
「ジュラ、帰ってよい…」
「シオン様…?」
ジュラは言われた意味を飲み込めず、シオンが自分の方に向き直ってくれるのをしばらく待った。
だが、それきりシオンは何も言わず女の姿に見入るばかりだ。
この時、人ならぬ身のジュラの内に何かが宿った。
人ならばそれを何と呼ぶか知っている。
「シオン様…?」
ジュラはいくぶん揺れる声音でもう一度彼に声をかけた。
「私は"帰れ"とおまえに命じたのだ。」
シオンは冷たい一瞥と共に、はっきりとした不快を示す声でジュラを拒絶した。
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