第2話 種子

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「つまらぬ…」 シオンはジュラを片腕に抱いて、人の世をぐるりと眺めため息をついた。 いつもと変わらぬ退屈な人の営みがあるだけだった。 食べる者、眠る者、笑う者、泣く者。抱き合う男と女、生まれる者、死ぬ者。 そこにシオンの気を引く新しいものはなかった。 ずっと以前、気まぐれに人の前に現れて、彼らが驚き恐れひれ伏すさまを見て よく楽しんでいた。 だがそんな遊びにも飽き、シオンがその姿を人に見せることをしなくなってずいぶん久しい。 「何か面白い悪戯で人を驚かせて見せましょうか?」 ため息をつくシオンに、媚びるような笑みを浮かべながらジュラが言う。 帰る…。そう言おうとして、シオンはふと何かに気づいた。 「…あれは、なんだ…?」 シオンの視線の先に女がいた。 「ただの人でございましょう?」 ジュラが訝しげに答える。 シオンはジュラを残し、その女のもとにそっと降り立った。 "なんと美しい…。" シオンはしばし見惚れた。 女は歌っていた。 "このように美しい姿も美しい声も、私は知らぬ…" 朝の色をした髪、空の色をした瞳。心地よい音を聴かせる唇は、どの花の花弁より可憐で艶かしい。 汚れのない肌、なめらかな曲線を描く肢体。その身に纏う衣は粗末な人の世界のものでありながら、あのジュラの衣よりも美しく目に映る。 シオンは女に触れてみる。 陽だまりのような感覚が手のひらにしみてきた。 「誰…?」 女は振り向き辺りを見回した。 不思議そうに両腕で自分の身を抱く。 シオンは触れた手を離した。 女に姿は見えていないはず… "私を感じたのか…" シオンは少し驚く。そして嬉しく思う。 「シオン様、そのように人に触れて戯れるなど…」 隣に降りてきたジュラが咎めるように声をかけてきた。 とたんにシオンは不快になった。 「ジュラ、帰ってよい…」 「シオン様…?」 ジュラは言われた意味を飲み込めず、シオンが自分の方に向き直ってくれるのをしばらく待った。 だが、それきりシオンは何も言わず女の姿に見入るばかりだ。 この時、人ならぬ身のジュラの内に何かが宿った。 人ならばそれを何と呼ぶか知っている。 「シオン様…?」 ジュラはいくぶん揺れる声音でもう一度彼に声をかけた。 「私は"帰れ"とおまえに命じたのだ。」 シオンは冷たい一瞥と共に、はっきりとした不快を示す声でジュラを拒絶した。
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