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「どっちにしろ、和彦はここにはいないよ。無駄足だったな」
そう言い残すと、若者はくるりと背を向けて、再び農作業に戻ろうとした。
でも、この若者は「古庄」という家の人間で、古庄のことも知っているらしい。もっと詳しく話を聞く必要がある。そう思った真琴は、思い切ってその背中に言葉を投げかけた。
「あの…!私は、和彦さんの妻です!古庄真琴って言います!!」
若者はそれを聞いて、弾かれたように立ち止まった。そして、ますます怪しそうな表情をして振り返る。
「……また、そんな願望を……。くだらない妄想に付き合ってる暇はないんだよ」
そんな冷たい返答に真琴はひるみそうになったが、勇気を振り絞った。
「…ほ、本当です!!…そ、そうだ。これ、保険証があります!」
と、財布の中から、自分の保険証を急いで取り出して、水戸黄門の印籠のように掲げて見せた。
そこには「古庄真琴」と、真琴の本名が記されてある。これは同僚たちには、決して見られてはならない物だった。
その若者はもう一度真琴の側までやって来ると、その保険証と真琴の顔を代わる代わる凝視した。
「…本当に?!和彦はあんたと結婚したのか…?」
「はい。9月に入籍しました」
若者は信じられないものを見るように真琴を改めて眺め回して、「チェッ…」と小さく舌打ちした。
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