奇僻

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 恐らく、99%以上は私のやっかみなのだ。被害妄想なのだ。  それにしても、あのヒソヒソと耳障りな話し声は怒鳴り声よりよっぽど煩い。  早朝のクラックションよりも、夕立の雷鳴よりも、この耳の鼓膜を劈くように音が伝わる。  それが例え隣近所の悪口であろうと、ただの夕飯の献立を決める会話であろうと、その音はいつでも私に攻撃を仕掛けてくる。  婿入りなんてするもんじゃない。肩身の狭さも、扱いの酷さもそれはもう。  女性の立場が富士の頂上なら、私は五合目にさえも辿り着けずに富士の麓に這い蹲り、ただひたすらてっぺんを見上げて拝み続けているに違いない。 「あら、雅和さん。おはよう。今日はいいお天気よ」  一階のトイレ前の廊下で出会った義母のその一言に私は軽く頷く。 「ええ。そうですね」  そうして私はすぐにトイレに入る。  そこでぐずぐずしていると、「いいお天気だからチャッピー(雌犬)のお散歩にでも行って来てくださらない?」という会話が続くだろう。  面と向かってそう言われては嫌とは言えない。そういう肩身の狭さが婿という立場なのだ。  だからといって何も、妻の家の財産に目が眩んで婿入りしたわけではない。  彼女の父親が昨年亡くなり、近くに住む親戚もなく、70歳を越した母親を一人にするのは心配だと嘆く香織の悲しそうな横顔にやられ、軽い気持ちで「婿に入るという手もある」と口にしてしまった。  それから一ヶ月も経たないうちにあれよあれよと勝手に話は誇張され、最終的には「雅和さんが婿に入りたいと言っている」ということになり、気づいたら飯尾家に住み着いていたのだ。  トイレから出て、一階に来たついでに新聞を取ろうと玄関へ向かう。そのすぐ横の部屋からパンツスーツを着た妻の香織が顔を出す。 「あなた、ついでだからゴミ出しもお願い」  無造作に廊下に置かれたゴミが私の行く手を遮る。仕方なくそれを手にして玄関に向かう。  サンダルを履いて20mほど歩いて回収所にゴミを出す。再び玄関の前に戻ってくると大きな声が庭先から聞こえる。
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