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「ワンッ、ワンワンワンワンワンッ!」
吠えられたが最後、私は仕方なく玄関の右横から庭へと向かう。
茶色い犬小屋の前で尻尾を振る彼女。
チャッピーという名前だが毛色は黄色に近く、ラブラドールのように垂れた耳と、顔や身体は柴似の中型雑種犬。
そんな彼女の顔を見たら散歩に連れて行かないわけにはいかない。
「ちょっと、そんな格好で行くの?」
犬の鳴き声で玄関にやってきた香織にそう言われ、私は自分の服に視線を落とした。
「何で?駄目?」
「髭、何日剃ってないの?髪もボサボサだし……」
おまけにジャージにサンダル……と言うかのように私の足元を彼女はじっと見つめた。
「じゃあ、お前が行くか?」
「馬鹿言わないでよ。会社に遅刻しちゃう」
「じゃあ、別にいいだろ。誰に会うわけでもないし」
「ご近所に笑われちゃうでしょ」
それに私は鼻を鳴らす。
「あのな、散歩に行くのにスーツでも着ろって言うのか?それこそ笑い者だろう?」
私はそう言葉を吐いて半ば強引に散歩に出かけた。
妻の実家に住み始めてからの夫婦仲はずっとこんな状態。今や「おやすみ」という言葉さえ交わさない。
『子は鎹』というが、私たち夫婦に子供はいなかった。正確に言えば「できない」と言った方がいいか。
骨髄移植をしてから私は男性でありながら、男性としての機能を果たせない身体になった。
おまけに無職。
「生きてるだけで丸儲け」と私の母が生前、呪文のようにそう繰り返していたのを覚えている。
そう心から思えたらもっと人生が変わっていたのかもしれない。
それでも結婚できたことは私にとってプラスだった。
少しの自信が生まれ、「これからは幸せになろう」と思いながら夫婦生活を十年間営んできた。
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