奇僻

3/17
前へ
/18ページ
次へ
「ワンッ、ワンワンワンワンワンッ!」  吠えられたが最後、私は仕方なく玄関の右横から庭へと向かう。  茶色い犬小屋の前で尻尾を振る彼女。  チャッピーという名前だが毛色は黄色に近く、ラブラドールのように垂れた耳と、顔や身体は柴似の中型雑種犬。  そんな彼女の顔を見たら散歩に連れて行かないわけにはいかない。 「ちょっと、そんな格好で行くの?」  犬の鳴き声で玄関にやってきた香織にそう言われ、私は自分の服に視線を落とした。 「何で?駄目?」 「髭、何日剃ってないの?髪もボサボサだし……」  おまけにジャージにサンダル……と言うかのように私の足元を彼女はじっと見つめた。 「じゃあ、お前が行くか?」 「馬鹿言わないでよ。会社に遅刻しちゃう」 「じゃあ、別にいいだろ。誰に会うわけでもないし」 「ご近所に笑われちゃうでしょ」  それに私は鼻を鳴らす。 「あのな、散歩に行くのにスーツでも着ろって言うのか?それこそ笑い者だろう?」  私はそう言葉を吐いて半ば強引に散歩に出かけた。  妻の実家に住み始めてからの夫婦仲はずっとこんな状態。今や「おやすみ」という言葉さえ交わさない。  『子は(かすがい)』というが、私たち夫婦に子供はいなかった。正確に言えば「できない」と言った方がいいか。  骨髄移植をしてから私は男性でありながら、男性としての機能を果たせない身体になった。  おまけに無職。 「生きてるだけで丸儲(まるも)け」と私の母が生前、呪文のようにそう繰り返していたのを覚えている。  そう心から思えたらもっと人生が変わっていたのかもしれない。  それでも結婚できたことは私にとってプラスだった。  少しの自信が生まれ、「これからは幸せになろう」と思いながら夫婦生活を十年間営んできた。
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加