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……会えるわけない。 はぁ……。 大きく息をついて、昼と夕方の混じった黄色い空を見上げた。 さ、帰るか。 僕は『うーん』と一つ伸びをした。 「こんなとこで、ボーッと。なにやってるんだ?」 低くて綺麗な声が降ってきた。 ドキン! 心臓が大きく跳ねた。 ドキドキしながら声のした方を振り向くと……。 「なんだ!ユキくんか。びっくりした」 「なんだってことはないだろう。暇そうにしてる礼音(れおん)にそんなこと言われたくないなぁ。」 ニコニコ笑顔を邪魔する、太い黒ぶち眼鏡に長めのボサボサな髪毛。 このよく見慣れた顔は久留米 寿雪(くるめ ひさゆき)。 僕と同じマンションに住んでいて小さな頃から遊んで貰ってるお兄さん。 今は大学院生だ。 「ユキくん、今帰り?」 「ああ、礼音はまだ帰らないのか?」 「いや、僕もユキくんと一緒に帰る」 僕の言葉にユキくんの口元が柔らかく弧を描いた。 僕は小さい頃ずっとユキくんの家に入り浸ってて、毎日ユキくんと遊んでた。 優しいユキくんが大好きだったから、その事に疑問なんか持たなかった。 「礼音くんのおかげで、寿雪が大学進学するって自分から言い出したの。ありがとう。」 小学校六年に上がる前に、ユキくんのお母さんにそう言われて、やっと当時高校生だったユキくんが、僕がいつ遊びに行っても家にいて、いつでも遊んでくれる……ということの意味に気がついた。 ユキくんの事情なんか何も知らない僕は、年上のユキくんにしょっちゅう『遊びに行きたい!連れてって!』なんてお願いしてしまっていた。 遊園地や動物園、戦隊ショー、子ども向けの科学の展覧会。 ユキくんは賢くて、どこに行っても色々教えてくれて、一緒にいると楽しくて、僕は月に一度はどこかに連れてって欲しいとおねだりしていた。 後で知った事だけど、当時のユキくんにとっては僕との外出が唯一家から出る時間だったみたいだ。
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