第1章

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どんな人でもその人の背景が見られれば、理解不能なことは無いと思う――。 例えば泣いている人をただ見ていても、何故泣いているのか理解できない。 しかし、泣いている人が恋人に振られたとか、辛いことがあったとか……その背景を知っていれば理解してあげることができる。 だからこそ、私の秘密の趣味も私の背景を理解してくれれば解ってくれると思いこの文をしたためる。 私にとって食事は睡眠欲や排泄欲よりも強く、昔から食べることに関してはどうしても我慢ならなかった。 中高生になって異性である女性へのドキドキと高鳴る胸すらも、目の前に置かれた弁当に勝ることはなく何度も恋を踏みにじってしまった。 でも、誰にでもそういう過ちはあるだろう。 恋人より友人を優先してしまって不穏な空気になってしまったり、デートよりも自分のしたいことを優先してしまって喧嘩してしまったりとか。 それが私の場合には食欲だった。 大学生になり人付き合いというものが必要になってからも私の食欲というものは非常にネックな問題になっていた。 友人であり異性の女性であった遙香に相談した時、彼女は「なんだそんなことか」と軽く笑みを浮かべながら問題ないと言わんばかりの表情を浮かべていたのを今でも夢に見る。 彼女はショートカットの黒髪を揺らして、活発そうな顔つきの女性だった。それに比べて私は常に冴えない顔をぶら下げて木偶の棒のように身体をのんべんだらりとしているのが常だ。 そんな私と彼女が出会ったのは初めての心理学についての講義だった。 偶々私の隣に座った彼女は滑らかな口調で私に話しかけ私は流されるままに彼女の話に相づちを打つだけだった。 しかし、それが彼女にとっては良かったのか女性とは相づちを打ってくれる男が好きなのか彼女は私のことをえらく気に入ってくれた。 思い返せば中高の頃にも異性から話しかけられることは良くあった。同性同士ようも異性の方が私には話しかけやすいのだろう。 遙香は「顔は良いんだから、もう少し明るくすればもてるのに」と学生食堂で食事を貪る私に苦言の表情を浮かべて言うことがあった。 当の私と言えば目の前に置かれた鮭の塩焼きの甘辛く絶妙な味わいに舌鼓を打っていたせいで、みるみる内に彼女の顔は不機嫌に変わっていってしまう。 ドンッというコップを置く彼女の音に――ああ、またやってしまったか。と私は少し顔を曇らせて彼女の方を見る。
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