第1章

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「話すよりも食事の方が大事なわけ?」 ぶすっとした彼女の顔に私は何とも言えず苦笑いを浮かべて「困っているんだ」とポツリと言った。 「何に困っているのよ」と彼女は不機嫌そうな表情で、私を糾弾するような目で見てくる。 たじろぎながらも私は幼少の頃に食べた母の作った極上に美味な料理のことを話した。 マザコンと言われようが嗤われようが私にとって母の作った極上の料理は極上の美味だった。だからこそ料理については食事については例え眠かろうが異性がいようが譲ることができない。 それを私は饒舌に語り、演説のように力強く彼女に話した。いつもならば無口に頷くだけだった私とは余りにも違う一面に彼女は驚きながらも私の話を聞いていた。 話し終わる頃には学生食堂にいる学生も食堂のおばさんも驚いた顔で私を見て、中にはクスクスと嗤う者もいた。 それでも良かった。私にとって料理というのは食べると言うことは何物にも掛け替えのない物なのだ。だから、嗤われても避けられても構わなかった。 話し終わった私は遙香との関係ももう終わりだろう――と僅かながらに感じる哀愁と共に空になった食器を下げるためにいつものぼんくらな顔をぶら下げてトレーを下げようと席を立った。 しかし、遙香はその私に対して「そこまで力説できる料理なら食べてみたいものね」と感心したようなボウッとしたような表情で私に言ったのだ。 中高の頃であればやれマザコンだ、やれ食い気しかない奴だと嗤われていたのに彼女は嗤うことはなく、言ってくれたのだ。 だからこそ、彼女には私の真の悩みを打ち明けることができた。 夕焼けが赤く建物も道路を染める。秋の枯れ葉を蹴りながら私は彼女に悩みを打ち明けた。 「母親の作った料理以上に極上の料理に出会ったことがない。だからこそ、それを求めて何よりも食事を求めているのだ」 「それなら、お母さんに料理を習ったらいいじゃない」 彼女の当たり前でごく自然な言葉に私の両肩はみるみる内に落ち込んでしまう。 「母はもういないのだ」 そう、母は私が幼少の頃に亡くなってしまったのだ。何故亡くなったのかは解らない。けれども、父の項垂れた姿と骨壺に収められた母の小さな姿に私は幼少ながらに 何とも言えない悲しみを感じた。 私の言葉に遙香はしまったと言いたげな表情を浮かべて、まるで自分の事のように顔を曇らせながら悲しげに「ごめんなさい」と呟いた。
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