蜜月の新生活

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追加で煎れてくれた珈琲を飲みながら、少しばかりその話をした。 「ふたりは、駆け落ちして、清彰氏の実家に隠れるように住んでたんだけどね、そんな暮らしをしていたせいで、速水さんの出生届をすぐに出せなかったみたいなんだ。 婚姻届と出生届のことで、相談に来たらしくてね、いろいろと、手続きに手を貸したみたいだよ。 それから、10年位経った、ある日ね、大きな事故が起こったんだ。その事故に、ふたりが巻き込まれて、速水さんは、いきなり孤児になってしまったんだよ。 最終的には、祖父である国枝氏が、引き取って育てることになったそうなんだけど、遺言状も公正証書もなかったから、二人の物は、何一つ、速水さんの手には残らなかったし、渡らなかったんだ。 速水さん言ってたよ。思い出の詰まった家も、アルバムひとつ、写真一枚残ってないって。 後々、彼名義の古い通帳が一冊渡されたんだって。それが、両親の遺した唯一のものらしい。」 「…唯一ですか。」 「そう、唯一だよ。例えばだ、速水さんの両親が、速水さんに対して、遺言状とか公正証書を残してあったら、家が処分されずに残ったかもしれないし、仮に結果が同じであっても、早々に処分なんてことはなくて、もっと思い出の品が残ったかもしれない。他人には価値がなくても、本人に取っては、代わりがないものだってあるからね。そういうの関係なくすべて処分されたんだよ。なにもかもね。」
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