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私は、引っ越しも終わって綺麗に掃除された部屋を玄関から見回していた。部屋は、当たり前だが、空っぽだ。何もない。
雲の切れ目から陽光が差して、急に眩しさを感じた。細めた目が、部屋の真ん中に、なにかを認めた。それは、こちらを向いて笑っている女の子と男の子だ。
一瞬閉じた目を開くと、そこには、誰もいないし、何もない。
「どうしたの?」
「ううん、なんでもない。」
そう答えたものの、私の脳裏には、今みた幻が鮮明に残っている。
きっとあれは、香澄だ。側にいたのは、男の私だ。ああ、そうか。あの子を、香澄は、あっちの世界へ連れていくのね、きっと…。私は、そう思った。
海斗と戸締まりをした後、近くの不動産業者に、鍵を返しに行った。
「もう、ここへは帰れないよ。」
「そうね。逃げ場なくなっちゃったわ。」
「逃げ場って…。」
「弱い私が逃げ込む場所。でも、もう必要ないって知ってるから。私の家は、海斗のところだけよ。」
「そうだよ。俺と君の家がすべて。さて、帰って荷物片付けるぞ。」
…バイバイ。香澄。
…バイバイ。男の子の私。
私は、もっともっと幸せになるから、見守っててね。
心の中で私は、もう見えない幻に、呼び掛けていた。
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