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朝、出勤しようと家を出ると、ふわっと風に乗っていい香りがした。甘い懐かしい香りだ。
「金木犀…」
真澄が、呟いた。
ああ、そうだ、これは、金木犀の香りだ。
「もう、そんな季節なんだね。」
俺は、そう返しながら、この半年余りの怒涛のように過ぎ去った日々を思い出していた。
ある時から、真澄が変わった。それは、夏のある日。その日、俺は、図書館の方で仕事してて、夕方、事務所に戻ると、真澄の雰囲気が昼ご飯食べるまでと違っていたんだ。
何か、叔父さんと話をしたらしいってのは、わかったんだけど、その中身は教えてくれなかった。
叔父さんも、いつものポーカーフェイスで、『さてな…何話したかな、覚えてねぇわ。』って、誤魔化された。
それ以降、真澄が俺に向ける笑顔は、とても暖かく柔らかさが増していた。
それまでは、時々、笑わなくてもいいのに無理して笑ってて、小さなことでもウジウジ悩んで唇噛んでいることがよくあった。だけど、今は全然そんな素振りを見せない。
家では、家事を頑張ってやってくれてる。事務所では、しっかり仕事も覚えているから、今じゃ、責任ある仕事を任せてもらえるようになった。
一歩ずつ亀の歩みだけど、俺達は、進んでる。
「ねえ、あの金木犀を見に行かない?」
「そうだなぁ…うん、あすこへ回っても、遅刻はしないな。ホラ。」
いつものように、ヘルメットを真澄に渡した。
「じゃあ行きますか。」
俺は、バイクを、いつもとは、反対の方角に走らせていた。
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