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金木犀の樹は、相変わらず立派で、オレンジ色の可憐な花が、これでもかと咲き誇り、この樹、特有の甘い香りを放っていた。
俺は、バイクにまたがったまま上を見上げていた。
一歩いつも後ろを歩く真澄は、“謙虚”って、金木犀の花言葉がよく似合う。
近寄り難かった煌めく眩しさを秘めた桂花は、“気高い人”の花言葉の方だな。
そして、真澄も桂花も中身は同じ…俺の憧れた女の子だ。今、彼女は、金木犀の樹の下で、俺に笑い掛けている。
すべてはここから始まったんだよな…。
俺は、ポケットに入れていたスマホを真澄の方に向けると、飛び切りの一瞬を切り取った。
「会心の出来だ。」
俺は、納得だって思えたから、ひとつ頷いて真澄を呼んだ。
「…そろそろ行かないと、遅刻だよ。」
「はぁ~い。」
こっちに向いて走ってくる真澄は、スカートの裾をふわりと揺らして、まるで、金木犀から現れた妖精のようだった。
俺の妖精は、俺を捕まえて、優しい瞳で見詰めるんだ。
「また、来ようね。」
「そうだね。うん、明日の朝も来よう。…いや、明日だけでなく、この花が全部散るまで毎日だ。」
嬉しそうな真澄のおでこに、チュッとひとつ口付けを落とし、そっとヘルメットを再び被せる。
甘い香りは、俺達を纏う見えないマントだ。そのマントをひらめかせて、俺達は、日常に戻っていくんだ…。
「…平凡だから、私は幸せなの。」
小さな呟きは、辛うじて俺の耳に届いた。
「そっか、幸せか。なら、もっと幸せにしてやるよ!待ってろ、真澄!」
背中から回されている両手に、ギュッと力が入った。それは、待ってるわって返事だったんだ。
まだまだ、俺達の前には、高い山が続いているけれど、ふたりなら、きっと越えられるって、信じてる。
金木犀の可愛い花が、くるくる回りながら、ひとつまたひとつと風に乗って落ちていった…。
【fin.】
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