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ホールで買うと本来ならば15000円の超高級チーズケーキが、今回は試作品ということでかなり格安の1ピース950円で提供されるそうなのだ。
これを逃したら、きっと一生口にすることはないであろう、幻のケーキとなるだろう。
それに甘味嫌いの彼女は、ケーキを食べている男を見ているだけで吐き気がすると言っていた。その言葉が忘れられない。
だから彼女に知られるわけにはいかないのだ。
そんな彼女には悪いけど、デートで飛んでしまう金を、今回ばかりはこの限定スイーツに捧げたかった。
午後の講義を終え、そそくさと帰り支度を済ませて大学を出る。
真っ直ぐ駅前通りへ向かい、その途中で裏道に入る。すると既にケーキ購入が目的であろう人々が列を成して並んでいた。
列の頭を通り越して少し離れた先に店が見える。白い外壁に木彫で装飾された古びた木製のドア。ドアノブにはclosedのドアプレートがかけられていて、その前にはイーゼルに立て掛けられた縦長の黒板が置いてある。
お立ち寄りいただき誠にありがとうございます。
限定チーズケーキの販売は16時からです。
腕時計を確認すると15時を回ったばかりで、販売開始時刻までまだ1時間もある。
それなのにこんなに並んでいるとは。
目で並ぶ人々の数を追う。
ざっと数えて30人。提供されるケーキは何ピースあるのだろう……。
俺まで回ってこなかったりして……。
「すいません、この列はチーズケーキの列ですか?」
「そうですよ」
「ありがとうございます」
一抹の不安が拭えないまま、何の列か確認してから並んだ。
例えばだけど……。
例えばワンホール8等分したとして、限定で3ホールしかなかった場合、全部で24ピースだから俺まで回ってこないことになる。最低でも4ホールは必要だ。
だけど4ホール用意されていたとしても、一人が1ピースだけしか買わないという保障はないだろう。そうすると4ホールでも恐らく足りない。
ホール数の問題だけじゃない。
俺の前に30人並んでいるけれど、俺より前方の人が他の人の分まで並んであげていたとしたら……。
「こっちこっちー」「わぁすごい並んでるね」「うちらの分まで並んでおいてくれてありがとう」ってすごい勢いで5~6人増えたとしたら、俺のところまでケーキは回ってくるだろうか。
そんなことを考えながらも時間は刻々と過ぎ、店舗の窓から従業員の姿が見え始め、あと少しでオープンだという空気が流れ始めた。
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