35人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
腕時計は16時を刻んだ。
カランコロンとドアに取り付けられたカウベルがどこか懐かしい音を立てて鳴り響き、同時にギッと軋む音を立ててドアが開いた。
「お待たせいたしました、いらっしゃいませ」
現れたのは白いシャツに黒のクロスタイ、同じく黒のカマーベストにショート丈のカフェエプロンを身に着けた長身の男性従業員。
その瞬間、嘆息のような最小限に止めた黄色い悲鳴のようなものが聞こえ、一瞬辺りがざわついた。
え、何、何だ、どうした?
周囲をざっと見渡すと、並んでいた女性の一人が「やっぱりイケメン~!」とその前に並ぶ友人と思われる女性に話しかけている。
え?ここってイケメン従業員がいるとか、そういうので有名なところなの?
俺は純粋にスイーツを愛しているから、今後お目にかかれないかもしれないチーズケーキの販売があるから、ここに並んでいるわけなんだけど……。
少し胸中が複雑なものに変わってしまい、思わず額に手をやった。
純粋にケーキが欲しくて並んでいるのに、数が足りないとかで、もしも買うことが出来なかったら。
このイケメン従業員目当ての女性客達を、いや彼女達だけでなく、このイケメン従業員をも恨んでしまうかもしれない……!
外に並ぶ人々を店内へ招き入れるイケメンを自然と厳しい目で見てしまう。
確かに男の俺から見ても、見た目だけは恰好いいというのはよくわかる。
制服が上品で馬子にも衣裳的な作用が何割かありそうだけど、それ以前にあの人そのものが人目を引く容姿なのだ。
長身に艶のある黒髪は後ろに撫でつけられて色気がある。
切れ長の目元は涼しそうで俳優のなんちゃらって奴に似てないこともないし、すっと高い鼻筋もちょっと憧れてしまうほどだ。
店の外観もなかなか雰囲気があって少し入りづらい感があるけれど、あんな男前な店員がいるのか……。
だからこんなに女性客が並んでいるのか。
改めて見てみると、前も後ろも女性客ばかりだ。
俺は再び顔を前へ戻して最前列へ目を向ける。
何人か店内へ入ったところで「申し訳ございません」と手前に並ぶ客の行くてをやんわりと出した手で制止する。恐らくそんなに店内は広くないため、人数制限でもしているのだろう。
店員が恰好よくても不細工でも、あまり俺には関係ない。
なのに……。
なのにどうして列が前に進むにつれて、胸の動悸が激しくなっていくのだろう。
最初のコメントを投稿しよう!